「青は藍より出て藍より青し」#002

このメルマガでは、細川出飯社の代表である細川芙美がひとりの人間として、女性として、この時代を生きる者として、何を見て、どう感じ考えて、自分に取り込んだり、他者へ表現したりしながら、“食”のもつチカラと“食”がもつポテンシャルを信じて止まない、内に秘めたる野望や葛藤を記していきます。
6月号
「時に、”競う”ということから逃げないでいること」
ロケ弁屋として起業したのは10年前。今年、「日本ロケ弁大賞」にノミネートされた。この賞を受賞させてもらったことは、私のこれまでの作品作りに対して大きな意味をもたらす。なぜなら、始めた当初の23歳の私には、大きなコンプレックスがあった。
当時、私はプロとしての「若さ」を隠したかった。どうにかして誰とも比べられないところへ、競わないでいられる場所を探した。諸先輩方には追いつけない技術、知識、経験、資金、全てに負い目を感じつつも、当時私ができることの全てを、その場その場で出し切ってきた。「認めてほしい」ということよりも、「認められないこと」に対しての恐れが、商品に工夫を加えるきっかけとなり、臆病さはやがて最大の武器になった。
日本ロケ弁大賞、”金賞” “広告•映像業界賞”を受賞、それまでの10年。

お弁当を作るにあたって考えていることは、野放しにされた「食べ方」にどれだけ思考を凝らせることができるのかだと思っている。食べる人の顔を見ることができない以上、私たちにできることは100万通りの「かもしれない」を想像すること。例えば、一人で食べているかもしれない、急に雨が降ってきたかもしれない、テーブルがなく膝の上なのかもしれない、3分で食べ終えなければいけないほど忙しいかもしれない、昨日からぜんぜん眠れていないかもしれない・・・そんな「かもしれない」を一つでも多くかき集めて、食事が楽しくなる可能性を追求する。美味しいを最終ゴール地点にしない理由のひとつとして、お弁当には美味しいを超越する、楽しさ、発見、人と人を繋ぐといったような、派生させる力を持っていると信じているからだ。そして、美味しい以上に必要なことがそこにはある。
パッケージにこだわる理由が生まれたのは・・
コンプレックスを抱えつつも、突破口は料理を包む包材にあった。本来長い年月をかけて技術を磨き独立する料理の世界で、その方向から進まなかった私には、圧倒的に料理の技術への不安があった。お客様からお金をいただく以上、料理上手ではなく、プロであらなくてはならない。料理経験の浅さは事実、「修行不足」という年月に対しては太刀打ちができないめ、味以外で彩るお弁当の価値を探した。
始めた頃から、お弁当を手渡しすることにこだわった。少しでもお弁当を食べる人の顔を見て料理をしていたかったからだ。作っては届けを繰り返すうちに、それぞれの撮影現場に、共通点があることを知った。
食べている時間よりも並べられている時間の方が長いということ、そして、みんながお弁当の時間をとても楽しみにしているということー
食前食後も食事の内、そうなるとお弁当への期待感をもっと引き出し、もっとコミニケーションが深まるきっかけにならないだろうか。それから、お弁当のパッケージにさまざまな企画を盛り込んだ。生花を添え、星占いをつけ、漫画を書き下ろし、イラストにこだわった。 味以外にも重要なことがあると気づけた瞬間、この仕事が自分の居場所のように思えた。

評価される勇気
勝ちたいというより、負けたくない。選ばれたいというよりかは、選ばれないという事実を避けたい。そうなった時に、自分の居場所がなくなってしまうのではないかと不安だった。何より自分の好きな仕事が、好きでいられなくなることを恐れ、唯一、競うことができない土俵にいることが、私にとって、好きなことを好きでいられるための努力の一つでもあった。
へそを曲げつつも、この仕事の可能性と楽しさとともに過ごした10年を経て、このような賞を受賞してもらえることは、これまで抱いていた劣等感との決別、コンプレックスが最大の武器に変わっていたことを教えてくれた。
評価してもらうということは、地図をもらうようなものであると感じた。競うことから逃げていた頃は気づかなかった、自分の立ち位置や、次に向かいたい場所、そしてここからが新たなスタートラインだとして、私たちにできること。競って初めて自分の商品を客観的に見ることができ、強みを活かして弱みと向き合う。そうして、社会をよくするための物として何度も生まれ変わらせる。ものづくりの宿命も含めてこの仕事が好きだと今は思える。
これからは、勝ちたいというよりかは、共感されるもの。選ばれたいというよりかは、食べたくて仕方ないもの。そんなお弁当を作っていきたい。へそはまだ少しだけ曲げたまま、いつか、誰かの心を揺さぶるものづくりができたとき、私はこの賞レースで大賞を取れるのかもしれない。
細川芙美